死んだら、自分の意識ってどうなるんだろう? 誰でも一度は考える疑問です。
科学や医学的には、「死ぬことは意識もなくなり無になる」そう考えます。しかし、臨死体験者は三途の川を見たり、すでに亡くなった人と会話したりという報告があり、とてもリアルです。
今回は、人の死に関する「三途の川」や、「四十九日」などの疑問や、物理学者:スティーブン・ホーキング博士の考えを紹介します。
死んだら自分の意識は
意識や魂は、肉体が消滅した後も残り続け、記憶や経験を記録します。

昔から「死後も存在が無になるわけではない」と、考えられていました。
死後に対する恐怖を軽減し、少しでも希望を見出そうとしたのでしょう。
生まれ変わるまでは、肉体が消滅しても意識は残り、存在し続けます。
死ぬときは眠るように意識がなくなっても、朝、目が覚めるように再びこの世に誕生するでしょう。
死んだら無
一般的には、死んだらすべて無になると考えられています。
人によっては、どうせ無になってしまうのだからと、自暴自棄になる人もいるでしょう。しかし、そんな人でも自分にとって大切な人が亡くなれば気持ちが変わります。
大事な人には安心してやすらかに旅立ってほしい。そんな思いから、ていねいに供養をおこなうようになります。
宇宙にあるすべての意識や経験、あらゆる事象を包み込む。完全なる上位の世界にいく説もあります。
この世界で、過去から未来までの知識や経験が、記憶されるでしょう。
生きている間にはわからなかったできごとが、この意識体の集まりにたどりつき、すべてを理解し、納得します。
亡くなった大切な人が、「天上世界で完全な意識体の一部」になると考えれば、見送る側の心も救われます。
死んだら、亡くなった人に会える
亡くなると「お迎えが来る」という表現をよく見かけます。
死後のような未知の世界は、どんなものかよくわからず、不安に感じるでしょう。そんなときは、知っている誰かが迎えに来てくれれば心強いです。
たいていは血がつながっている祖父母か曾祖父母、早世した父母です。いずれにせよ、誰が迎えに来てもしっかりと死出の旅路をサポートしてくれるので、心配はありません。
普段は死を意識せずに生活しているため、大切な人が亡くなってはじめて死を目の当たりにすればうろたえるでしょう。
故人にもう一度会いたいという気持ちが、願望を呼び起こすとも考えられています。

死んでからすぐに生まれ変わるわけではありません。しかし、会いたいと思っていた人に会える可能性はあります。
生前に魂が成熟しきっていた人は、お迎えを必要としないことが多いです。
死んだらどうなる
死後の世界で多い疑問として、「死んだら人間はどこに行く」・「四十九日」・「死後何年で生まれ変わる(輪廻転生)」・「三途の川」が多いです。
この4つの疑問をまとめました。
死んだ人はどこへ行くの?
死んだ後はしばらくの間この世に留まり、残像として肉体の周辺をさまよいます。
はじめは、魂が肉体からなかなか離れられず苦労するでしょう。
1週間ほど経つと死を自覚し、受け入れてあの世に旅立ちます。
四十九日が過ぎるまでは、ときどき家族や自宅の周辺に来て、見守ってくれるでしょう。

肉体から離れたため、自由にどこへでもいけるようになり、今までいけなかった場所にいって楽しむ人もいます。
すぐに遠い世界に旅立ってしまうわけではなく、姿は見えなくなってもそばで寄り添ってくれるのが答えです。
死んだら四十九日までどうしてる?
亡くなった人の魂は、四十九日が過ぎるまではこの世に留まっています。

たいていは自宅や家族の様子を懐かしみ、名残を惜しんで過ごす人がほとんどです。
この世界で最後の生活を楽しみ、満足してからあの世へ旅立つでしょう。
死んでから四十九日が経つと、生前の罪に対する審判がおこなわれます。
魂がこの世に留まっている間に、残された人々が、たくさん冥福を祈って故人の罪が軽くなります。
魂の救済を祈るたびに、遺族の心も癒さるでしょう。

未練がなくなれば四十九日の前に旅立つ人もいます。
四十九日法要が終わると、残された人々も心の整理がつき、新たな日常生活のはじまりです。
死んでから何年で生まれ変わる?
死んでから生まれ変わるのにかかる時間は、人によってかなり差があります。
未練がない人は数か月で生まれ変わったり、地獄に落ちた人は何百年とかかるでしょう。
宗教によって考えかたに違いは見られるものの、最短で4年~5年、平均すると百年前後。子供の場合は、周期が短いです。
魂のレベルが高ければ高いほど、あの世にいる期間が長くなります。
あの世とこの世では、時間の流れかたが違うので、こちらでは何百年という年月が経っていても、あの世では数か月しか経っていません。
すぐに生まれ変わりたいか、次に何を学びたいかなど、本人の意思も関係。守護霊が転生の時期や、回数をアドバイスするケースもあります。
死んだら三途の川を渡る?
人は亡くなると三途の川を渡るとよくいわれています。これは、仏教独自の考えかたではありません。
この世とあの世が川で隔てられている概念は、世界中で見られ、人々の意識に幅広く浸透しています。

日本で伝えられている三途の川は、400キロ以上の大きな川で、向こう岸が見えません。
三途の川には、通り道が3種類あり、罪がない人はキレイな橋を罪が軽い人は膝下くらいの浅い川を渡れます。
重罪人は、大きな石だらけの激流を渡る決まりです。ただし、浄土真宗など一部の宗派では、三途の川信仰を取り入れていません。
浄土真宗では、死んだらすぐに阿弥陀如来が迎えに来てくれて、誰もが極楽浄土にたどりつき、救済される教えを信仰しています。
人はなぜ死ぬのが怖いのか?
今生きている人は、誰も死んだ経験がありません。死とはどういう様相か見当もつかない。周囲の人に聞いても、誰も知らない実態が、恐怖を誘います。
これから自分自身がどうなるか、見当もつかず怖いのは当然。
人から忘れ去られてしまうのは、想像するだけで悲しいでしょう。自分が生きていた証が何も残らず、人々の記憶から消えてしまう事実が恐ろしかったり、さびしくなったりします。

今の人生が充実している人ほど、死ぬのが怖いと感じる傾向が強いです。
かけがえのない人や財産、経験などを失う……。忘れられていく諸行無常に耐えられず、生に執着します。
死後の世界はない
死後の世界は、絶対にないと言い切る人もいます。
しかし、絶対にないとも、また言い切れないです。
死んだ後にいく世界について、仏教では極楽浄土だったり、キリスト教では天国だったり、宗教によってとらえかたはたくさんあります。
死後の世界があると考えるのは、死を恐れる人や、大切な存在を亡くした人へ向けた救済とも考えられるでしょう。
ホーキング博士曰く「死後の世界はない」
イギリスの有名な物理学者:スティーブン・ホーキング博士は、
「死後の世界はない。壊れたパソコンと同じで、死んだら何も残らない」
と言い切っています。
これに対して、世界中からさまざまな反応が見られ、賛否両論の意見が上がりました。
これに対し「死んだら脳も停止するのだから、死後の世界などあるわけがない」との声もありました。
徹底した無神論者であるホーキング博士は、
「生きている間に自分の価値を高める最大限の努力をするべき」
とコメント。しかし、生きている人間が、死後の世界を想像して描くのは、悪くはないとの見解も増加中です。
死んだら自分の意識がどうなるのかのまとめ
死んだら自分の意識や魂は、肉体が消滅した後も残り続け、記憶や経験を記録します。
しかし、死んだらすべて無になると考えるのが一般的。死んだときは目覚めるはずがないので、永遠に意識のない状態になります。
死んだら、亡くなった人に会えると考えられていますが、実際に来てくれるのは先祖が多く、迎えに来てほしい人に出会えるのは、レアケースです。
死んだ人は、しばらくの間この世に留まり、残像として肉体の周辺をさまよいます。その期間が四十九日です。
亡くなった人の魂は、四十九日が過ぎるまではこの世に留まっています。
人は死んでから最短で4年~5年、平均すると百年前後。子供の場合は、周期が短いです。そして、魂のレベルが高ければ高いほど、あの世にいる期間が長くなります。
死後の世界でよく耳にする「三途の川」ですが、罪がない人はキレイな橋を罪が軽い人は膝下くらい。そして重罪人は、大きな石だらけの激流を渡る決まりです。
死を恐れる理由として、誰も死んだ経験がありません。死とはどういう様相か見当もつかない、誰も知らない実態が、恐怖を誘います。
死後の世界を考えるとき、死後の世界は、絶対にないと言い切る人もいます。有名な人だと、イギリスの有名な物理学者:スティーブン・ホーキング博士です。
ホーキング博士曰く「死後の世界はない」と言い切っています。死後、自分の意識がどうなっているかは、天に召された後、答え合わせができるでしょう。